米国の貿易ドル(1873〜1885年) アジア交易向けの輸出用銀貨
貿易ドルは、1873年の貨幣法で認められた米国の銀貨で、アジアの交易でメキシコの銀貨と競うために作られました。重さ27.22グラム、純度.900の銀で、フィラデルフィア、サンフランシスコ、カーソンシティで作られ、多くがアジアへ輸出されました。CoinWeekの解説(2026年9月3日掲載の版)に基づき、仕様・鋳造量・1887年の回収・チョップマークをまとめます。
訂正(2026年10月13日) 題・要約・本文を出典に合わせて訂正しました。造幣局を「ニューオーリンズ」(印は「O」)としていた誤りをカーソンシティ(CC)に直し、出典にない評価(日本語本文の、米国の国際商業戦略が「部分的に失敗に終わった」とする記述と、英語の要約にあった、硬貨を地政学的な武器とする表現)と、英語の結論にあった投資判断(モルガン・ダラーより割安、MS-64以上の品を勧める内容)を削りました。旧題は「貿易ドル 1873-1885:アジア市場の覇権を狙い、メキシコペソに挑んだ米国の野望」です。
※この記事は、CoinWeekの貨幣解説ページ「Trade Dollar, 1873-1885」(2026年9月3日掲載の版)に基づきます。新しい出来事の報道ではなく、19世紀の米国の銀貨「貿易ドル(トレードダラー)」の解説です。
アジアの交易のために作られた銀貨
貿易ドルは、1873年の貨幣法(Coinage Act of 1873)で認められた米国の銀貨です。アジアでの商取引、とくに当時その地域の交易で広く使われていたメキシコの銀貨(ペソ)と競うために作られました。
CoinWeekによると、それまでの米国の1ドル銀貨(ゴブレヒト・ダラーやリバティ・シーテッド・ダラー)は、メキシコの銀貨より軽く、信用も低かったため、米国の商人は海外で苦労していました。サンフランシスコ造幣局の財務官兼分析官だったルイス・ガーネットは、この不利を目の当たりにし、より重い輸出用の銀貨を認めるよう議会に求めました。
重さ27.22グラム、銀の純度90%
貿易ドルの重さは27.22グラムで、それまでの1ドル銀貨よりわずかに重く、純度.900の銀で作られました。直径は38.10ミリ、縁にはギザギザ(リード)があります。デザインはウィリアム・バーバーです。
国内で流通させるための硬貨ではなく、通貨の単位としての役割も持たされていませんでした。議会は限られた法定通貨の地位を与えましたが、役割をめぐる混乱から国内で誤って使われ、1876年にその地位は取り消されました。
造幣局と鋳造量
1874年から1878年にかけて、フィラデルフィア、サンフランシスコ、カーソンシティの3つの造幣局で数百万枚が作られました。ミントマーク(造幣局の印)は、フィラデルフィアがなし、サンフランシスコが「S」、カーソンシティが「CC」です。多くはアジアへ輸出され、茶・絹・磁器などの品物と引き換えに使われました。
CoinWeekが示す鋳造枚数は、通常の流通用が最多で1877年S(サンフランシスコ)の951万9,000枚、最少で1878年CC(カーソンシティ)の9万7,000枚です。
造幣局の記録では、生産総額は3,596万5,924ドルで、そのうち6,564枚はプルーフ(収集家向けの特別な仕上げ)でした。2,800万ドル以上が輸出され、1887年より前に100万ドル近くが溶かされ、760万ドルが回収されて、主にモルガン・ダラーなどの銀貨に作り直されました。
国内での混乱と回収
一方、米国内では、銀の生産者や銀行が貿易ドルを国内の取引に回し、額面より低い価値で流通して人々を困らせました。議会は1887年の法律で6か月間の引き換え期間を設け、貿易ドルを標準の1ドル銀貨と交換できるようにしました。これで大半が流通から姿を消し、この法律で今後の鋳造も終わりました。
刻印「チョップマーク」
アジアの商人は、銀の品質を確かめた印として、貿易ドルに小さな刻印(チョップマーク)を打つことがよくありました。CoinWeekによると、収集家は長年こうした刻印のある硬貨を避けてきましたが、現在は研究者が国際交易の歴史を伝える資料として見ています。CoinWeekは、ウィリアム・テイラー・レバレッジの著書『By Weight, Not By Coyne: An Introduction to Chopmarked Coins』(2023年)を、この慣行についての現代の研究の一つとして挙げています。
プルーフだけの年と、1884年・1885年
1878年より後、標準の1ドル銀貨が再び作られるようになり、貿易ドルの輸出用としての役目は終わりました。1879年から1883年までは、収集家向けのプルーフだけが作られました。
1884年と1885年には、フィラデルフィア造幣局で貿易ドルのプルーフがひそかに作られました。これらは1907年まで知られておらず、すべて貨幣商ウィリアム・K・アイドラーにたどることができます。CoinWeekの仕様欄では、1885年のプルーフは5枚とされています。
デザイン
表面は、荷の包みに腰かけ、西の太平洋の方を向く自由の女神です。右手にオリーブの枝を持ち、左手に「LIBERTY」と書かれたリボンを握っています。包みの下に「IN GOD WE TRUST」、上の縁に13の星があります。
裏面は、翼を広げ、3本の矢とオリーブの枝をつかむ鷲です。上の帯に「E PLURIBUS UNUM」、周りに「UNITED STATES OF AMERICA」「TRADE DOLLAR」、そして「420 GRAINS, 900 FINE」の文字があります。
よく知られた種類として、「1875年S・オーバーCC」と「1876年CC・ダブルダイ」があります。
出典: CoinWeek「Trade Dollar, 1873-1885」(2026年9月3日)
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