ゴードン卿を描いたスペンスのトークン 2023年10月のボールドウィンズ競売に出品
英国の貨幣商ボールドウィンズは2023年10月8日、同月11日の競売に、ジョージ・ゴードン卿の肖像があるトマス・スペンスのハーフペニー・トークン(1795〜96年、予想価格120〜160ポンド)を出品すると紹介しました。記事は、1780年のゴードン暴動から、ユダヤ教への改宗、ニューゲート監獄での晩年までのゴードン卿の生涯をたどっています。
訂正(2026年10月13日) 題・要約・本文を出典に合わせて全面的に書き直しました。出典に無い記述(収集家コミュニティでの発見報告と議論、スペンスの経歴や政治思想、暴動の背景としての経済的困窮、銅合金の成分、ゴードン卿の精神状態、急進派トークンの評価が変わったという記述など)を削り、出品の内容(2023年10月11日の競売、出品番号1273、予想価格)と記事の日付を出典どおりに示しました。旧題は「1795年スペンス・ハーペニーが伝える、ジョージ・ゴードン卿の数奇な生涯」です。
※この記事は、英国の貨幣商A.H.ボールドウィン(Baldwin's)が2023年10月8日に公開したブログ記事に基づきます。紹介するのは、2023年10月11日の同社の競売に出品された18世紀末のトークン1点と、そこに描かれた人物の生涯です。
出品されたトークン
出品番号は1273です。ロンドン・ホルボーンのトマス・スペンスによるハーフペニー・トークン(1795〜96年)で、表には左向きのジョージ・ゴードン卿の胸像、裏には4行の銘文があります。縁には「SPENCE DEALER x IN x COINS x LONDON x」の文字があり、直径30.25ミリ、重さ10.3グラムです。分類番号はDH 782です。
ボールドウィンズは状態を「Good Extremely Fine」とし、製造時の光沢が多く残る希少品と説明しています。予想価格は120〜160ポンドです。2008年ごろのスピンク社の札が付いています。ボールドウィンズは、この札から、F・S・コケインのコレクションに由来する可能性が高いとしています。
ゴードン卿と1780年の暴動
ゴードン卿は第3代ゴードン公の息子で、1780年の「ゴードン暴動」に名を残したことで知られます。トークンに入っている年号は、この暴動を指しています。
6月2日、ゴードン卿は約5万人の群衆を率いて議会へ行進し、カトリック教徒の解放に反対する請願を出そうとしました。群衆は議会に突入すると脅しましたが、いったん散りました。その後の数日間に、カトリックの礼拝堂やいくつもの監獄を焼き、イングランド銀行への突入も試みました。最後は軍が出動し、秩序が戻るまでに約450人が死傷しました。
ゴードン卿は暴動をあおった役割について大逆罪で起訴され、ロンドン塔に送られました。しかし数か月後、「反逆の意図」はなかったとして無罪となりました。
ユダヤ教への改宗と晩年
1787年、ゴードン卿はユダヤ教に改宗し、イスラエル・バル・アブラハム・ゴードンと名乗ってバーミンガムに移りました。翌年、フランス大使を中傷した罪で、ニューゲート監獄での5年の刑を受けました。
獄中では正統派ユダヤ教徒として暮らしました。トークンの肖像のとおりひげを長く伸ばし、毎日ツィツィット(祈りの房)とテフィリン(聖句箱)を身に着けました。戒律が定める日には断食し、ユダヤ教の祝日も祝いました。監獄側は、戒律に合う肉とワイン、安息日のパンを支給し、安息日に礼拝の集まり(ミニヤン)を持つことや、独房の扉に聖句の小箱(メズザ)を打ち付けることも認めました。壁には十戒が掛けられていました。
模範的で信心深い囚人として釈放されて間もなく、ゴードン卿はニューゲートで広がっていた腸チフスにかかり、亡くなりました。ユダヤ人墓地ではなく、セント・ジェームズ・ピカデリーの英国国教会の墓地に葬られました。原典はこの墓地を、破門されていたため「離れた(detached)」墓地と説明しています。
競売の案内
競売は2023年10月11日、ロンドンのストランド399番地にあるA.H.ボールドウィンの拠点で行われると案内されていました。会場、電話、同社のウェブサイト経由で参加できるとされています。
出典: Baldwin's「The Gordon Riots of 1780」(2023年10月8日)
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