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かぎ十字やKKKのメダル 米国の忘れられた歴史をたどる

CoinWeekは2026年1月22日、連載「Spotlight on So-Called Dollars」の第3回を公開しました。かぎ十字が描かれたメダル、1920年代のKKKのメダル、1905年のデンバー造幣局の初打ちとされるメダル、シカゴ市長の記念像のメダルなどを紹介しています。

訂正(2026年10月13日) 題・要約・本文を出典に合わせて全面的に書き直しました。旧記事は出典にないヘイマーケット事件、プルマン争議、サッコ・ヴァンゼッティ事件、米国のナチス団体のメダルや、価格帯・市場の見通し・投資の勧めを書いていたため、これらを削り、出典が実際に紹介するメダル(かぎ十字、KKK、デンバー造幣局、ハリソン市長記念像、グナーデンヒュッテン、サムター要塞)の内容に改めました。旧題は「19世紀アメリカの暗部を刻むメダル:学術隠蔽された労働運動とテロの記録」です。

※この記事は、2026年1月22日に公開されたCoinWeekの連載記事「Spotlight on So-Called Dollars」第3回に基づきます。筆者はCharles Morgan氏とHubert Walker氏です。新しい出来事の速報ではなく、アメリカで作られた古いメダルやトークン(代用貨)を通して、忘れられた歴史を紹介する読み物です。

連載の第1回と第2回は、「ソー・コールド・ダラー(So-Called Dollars)」と呼ばれるメダル類と、アメリカの古典的な記念硬貨との関係を取り上げました。原典は、それぞれのメダルを「HK-」で始まる番号で示しています。

かぎ十字(スワスティカ)が描かれたメダル

記事は、かぎ十字がアジアでは幸運のしるしであり、ナチス以前は西洋でも同じような意味で使われていたと説明しています。ある見積もりでは、第二次世界大戦前に作られた何千ものメダルやトークンに、かぎ十字が描かれているといいます。

例として挙げられているのは、1926年の「Sesquicentennial International Exposition」のメダル(HK-457)です。またHK-895は、Adam Pietzがデザインし、アメリカ合衆国造幣局が製造した「勝利(Victory)」メダルの再打ち(後の時代にあらためて打たれたもの)です。表には「VICTORY」の文字と女性の頭部、裏には鷲が高い浮き彫りで表されています。鷲の胸には四つ葉のクローバーとかぎ十字、そして「GOOD LUCK」の文字が重ねられています。

筆者は、このデザインを20世紀のソー・コールド・ダラーの中でも特に魅力的なものの一つと評しています。Pietzが手がけた連邦政府の硬貨のデザインは、1946年のアイオワ50セント記念硬貨だけでした。

クー・クラックス・クラン(KKK)のメダル

HiblerとKappenの参考書には、KKKに関係するソー・コールド・ダラーが2点(HK-908とHK-909)載っています。記事によると、どちらも1920年代、2度目のKKKが最も勢力を持っていた時期に作られました。

記事は、1910年代から20年代にKKKが再び勢いを増し、その大きな後押しになったのが1915年の映画「The Birth of a Nation(國民の創生)」だったと述べています。また、1920年代の最盛期には会員が600万人を超えたとしています。1930年代には会員は3万人未満に減りました。第二次世界大戦の終わりまでに、2度目のKKKは消滅しました。

2点のメダルにはどちらも、ラテン語に似せた「Non Silba Sed Anthar」という言葉があり、「自分のためではなく他人のために」という意味だとされています。「1866-1915」の二つの年は、1度目と2度目のKKKの結成を指します。筆者は、この分野の収集には嫌悪を感じるとしつつ、2点はアメリカ史の現実の一面を示している、と書いています。

デンバー造幣局の「最初の打製」とされるメダル(HK-876、876a)

これらのメダルは、1905年にデンバー造幣局で実際に最初に打たれたものだとされています。新しい機械の試し打ちだったという資料もあります。筆者は、セントルイス万国博覧会で使われた設備で打たれたのではないかと考えています。HiblerとKappenは、大きさをおよそダブルイーグル(20ドル金貨)ほどと記しています。記事はこれらを、数が少ない収集品としています。

シカゴ市長の暗殺と記念像のメダル(HK-765、766)

記事によると、コロンブス万国博覧会(Columbian World’s Exposition)は悲劇で終わりました。シカゴ市長Carter H. Harrisonが自宅でPatrick Eugene Prendergastに撃たれて亡くなりました。犯人は、1893年の市長選挙で支持した見返りに職をもらえると思い込んでいましたが、そのような職は与えられませんでした。

このメダルは募金活動の一部でした。最初の購入者が、Carter H. Harrison記念像の建設に1ドルを寄付したことを示すものです。

グナーデンヒュッテン虐殺200年のメダル(HK-707)

1955年のこのメダルは、虐殺を記念する200年祭のものです。裏面には緑色の四つ葉のクローバーと蹄鉄、そして「GOOD LUCK」の文字があります。筆者は、これが犠牲者を軽んじているようにも見えると書いています。

記事によると、記念されているのは1755年11月24日の夕方の出来事です。フレンチ・インディアン戦争中、フランス側にそそのかされた先住民の戦士たちが、モラヴィア派の村を襲って焼き、宣教師11人が、キリスト教徒のマンシー・レナペの人々とともに殺されました。1782年にはオハイオ州で、関係のない別の「グナーデンヒュッテン虐殺」が起き、96人が殺されています。

南北戦争の始まりとサムター要塞のメダル(HK-11、11e)

記事は、リンカーンが大統領に就任する2か月前に、サウスカロライナ州の軍事学校シタデルの学生が、サムター要塞への補給船に向けて南北戦争最初の砲撃を行ったと述べています。就任の1か月後、James Chesnut, Jr.大佐が要塞そのものに砲撃を始め、翌日に要塞を奪いました。

1861年のこの民間発行のメダルの裏面には、「サムター要塞は、R. アンダーソン少佐と75人の守備隊による英雄的な防衛の後、8000人のサウスカロライナの反乱軍による30時間の砲撃を受けて、戦の名誉をもって明け渡された」という趣旨の文が刻まれています。筆者は、戦争の始まりに北部の人々が感じた衝撃と憤りが伝わるとしています。

このメダルには裏面の型が2種類あります。2つ目の型には連邦の鷲と「ONE FLAG AND ONE UNION NOW AND FOREVER」の文字があります。それぞれに3種類の金属があり、どれも現存数は各20枚未満とされています。

出典: CoinWeek「Spotlight on So-Called Dollars 3: America’s Forgotten History」(2026年1月22日)

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US、Error Coin

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