文化

1921年デンバー鋳造のウォーキング・リバティ半ドル 発行20万8000枚

貨幣専門誌 Numismatic News は2026年8月30日、連載「Item of the Week」で1921年にデンバー造幣所で造られたウォーキング・リバティ半ドル(1921-D)を取り上げました。同年の半ドルは銀ドルの製造が優先されたため発行が少なく、デンバーは20万8000枚でした。記事は、上位の流通グレードで良い状態のものが手に入りにくいことを、この硬貨が多く流通した証拠としています。

訂正(2026年10月13日) 題・要約・本文を出典に合わせて訂正しました。20万8000枚を3造幣所の合計としていた誤りと、出典にない「半ドル札の廃止」「市場心理」などの記述、出典にない投資判断(XF以上の購入推奨)を削り、価格と流通の関係を記事筆者の見方として書き直しました。旧題は「1921年デンバー造幣所ウォーキング・リバティ半ドル——208,000枚という「流通用最低記録」が示す20世紀レアコインの盲点」です。

貨幣専門誌 Numismatic News は2026年8月30日、連載「Item of the Week」で、1921年にデンバー造幣所で造られたウォーキング・リバティ半ドル(1921-D)を取り上げました。記事は、この硬貨を20世紀の米国貨幣の上位に加えてよいのではないか、と述べています。

半ドルという額面

記事によると、20世紀の大半の期間、収集家は半ドルに力を入れませんでした。額面が大きすぎたためです。記事は、額面ごとに需要も発行枚数も違うため、異なる額面の硬貨を比べるのは難しいとも書いています。

1921年、銀ドルが優先された

1921年は、どの額面も発行枚数が平年より少なくなりました。造幣局が昼夜を通して銀ドルを造っていたためです。初めはモーガン・ダラーで、1921年の終わりに新しいピース・ダラーの図案ができると、そちらに重点が移りました。記事は、この銀ドルの製造を、1870年代から銀貨を推してきた「銀ロビー」の最後の大きな成功だったとしています。

1921年の半ドルの発行枚数は、サンフランシスコが54万8000枚、フィラデルフィアが24万6000枚、デンバーが20万8000枚でした。記事によると、それ以降、流通用として造られた半ドルで、これより発行が少ないものはありません。記事は、20万8000枚という数はプルーフだけの年号なら希少な年号にあたる数だが、1921-D はプルーフではない、と書いています。

当時の収集家の選択肢

記事によると、1920年代に半ドルを集めていた人にとっても、1921-D は選択肢の一つにすぎませんでした。バーバー半ドルも手に入り、そのうち1913年・1914年・1915年の3つは1921-D よりさらに発行が少なかったと記事は書いています。値上がりを期待する人には、数年前に出た1916年のクォーターもありました。

価格に表れた流通の跡

記事によると、1921-D は流通品のウォーキング・リバティ半ドルで鍵となる年号の地位を固めています。記事掲載時点の価格は、G-4で285ドルで、数年前の145ドルから上がりました。VG-8 では470ドルですが、VF-20 では1,600ドル、XF-40 では3,875ドルになります。記事は、上位の流通グレードで良い状態のものが手に入りにくいことを、この硬貨が多く流通した何よりの証拠だとしています。

XF-40 以上では、発行がおよそ2倍だった1921-Sの方が1921-D より高い価格です。記事の筆者は、一部の収集家が早い時期に1921-D に目をつけた一方で、1921-S は流通させ続けたのかもしれない、という見方を示しています。

出典: Numismatic News「Item of the Week: Half remains a top coin of the 20th century」(2026年8月30日)

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